この記事の要点
- 約1000人の高校生を対象としたトルコの実験で、AIで練習した生徒は成績を大きく伸ばした(最大127%改善)。
- しかしAIを使えない本番テストでは、標準的なAIで練習した生徒の成績がAIなし群より17%低下した。
- 「学習を守る」設計のAIチューターでは悪影響が抑えられた。問題はAIそのものではなく、使い方にある。
AIで練習したら成績は上がった。でも、AIを使えない本番テストでは、AIなしで練習した生徒より成績が下がった——。この落差が、AI学習の本質的な落とし穴を示しています。
取り上げるのは、2025年にPNASに掲載されたHamsa Bastaniらの研究です。トルコの高校で約1000人を対象に行われた、高校数学の大規模なフィールド実験です。練習では伸びたのに、AIなしの本番では逆に下がった——この研究のいちばん面白く、いちばん怖いところです。
この研究が貴重なのは「AIを外したあと」を見ていること
AIを使えば目の前の課題は解きやすくなります。だからAI利用中の成果だけを見ると「学習効果があった」ように見えやすい。しかし、それは本当に本人の力になっているのか。
この研究は、AIを使った練習の成績だけでなく、その後にAIを使えない状態でテストを受けてもらい、学びが残っているかを確かめています。「できた感」を増やすのか、本当に学びを残すのかを切り分けようとしている点に価値があります。
トルコの高校数学で行われた実験
研究では、生徒を3つのグループに分けました。
- AIを使わないグループ
- 標準的なChatGPTに近い「GPT Base」を使うグループ
- 学習を守る設計の「GPT Tutor」を使うグループ(すぐ答えず、ヒントで自分から考える余地を残す)
練習中はAI利用群の成績が上がり、GPT Baseで48%、GPT Tutorで127%改善しました。ところがAIを使えないテストでは、GPT Baseの生徒がAIなし群より17%低下。一方GPT Tutorではこの悪影響が抑えられていました。AIそのものが悪いのではなく、問題はAIの使い方でした。

乗れるようになったのではなく、支えられていただけ
この結果は、AIが「補助輪」になり得ることを示しています。補助輪は悪いものではありません。乗り始めの子どもにとって大事な支えです。でも、つけたままでは自分でバランスを取る力は育ちにくい。走れているように見えても、実は補助輪が支えているだけかもしれません。
問題を解くたびにAIが道筋を示せば練習中の成績は上がります。しかしそのとき、問題を読み解く・公式を選ぶ・間違いに気づく・理由を説明する——本来自分の頭で踏むプロセスが抜け落ちます。「できた感じ」と、AIなしでもできる「身についた力」は別物です。

同じAIでも、設計次第で結果は変わる
ただし「AIは学びを壊す」と読むのは雑です。GPT Tutorでは悪影響が抑えられていました。すぐ答えを渡さず、教師のヒントで生徒が先に考える設計だったからです。
ここには2つの考え方が重なります。AI開発でいう「ガードレール」(危険な方向に走らないよう支える仕組み)と、教育でいう「足場かけ」(支援つきでできるようにし、できたら少しずつ外す)です。同じAIでも、こうした設計があるかどうかで結果は大きく変わります。
問題は、AIをいつどうやって外すか
この研究が示すのは、論点が「使うか使わないか」ではないということです。練習中にAIを使えば成果は出やすい。でも、それが本人に残るかは別の問題です。
だから設計すべきは、AIを使う場面だけではありません。AIを外す場面です。いつ頼ってよいか、いつ自分で考える時間に戻すか、使ったあと何を自分の言葉で説明できるようにするか。補助輪の目的は、つけ続けることではなく、いつか外して自分でバランスを取れるようになることです。AIで助けるなら、同時に「自分で考え直す場面」も必要になります。
よくある質問(FAQ)
Q1. AIを使うと学力は下がるのですか?
一律に下がるわけではありません。この研究では、答えをすぐ出す標準的なAIで練習した生徒が、AIなしの本番で17%低下しました。一方、ヒントで先に考える余地を残す「学習を守る設計」のAIでは悪影響が抑えられています。下げるかどうかは、AIの使い方によります。
Q2. 「練習で伸びたのに本番で下がる」のはなぜですか?
AIが解法を示してくれると、目の前の問題は解けて練習成績は上がります。しかし、問題を読み解く・間違いに気づく・理由を説明するといった、自分の頭で踏むプロセスが抜け落ちると、その成果は本人に定着しません。AIを外された瞬間に力が出ないのは、補助輪に支えられていただけの状態に近いからです。
Q3. 家庭や学校でAIを使うときの工夫はありますか?
「答えをもらう」前に「自分で考える」順番を守ることです。AIにいきなり頼らず、まず自分で取り組み、つまずいたらヒントだけもらう。使ったあとに「なぜそうなるか」を自分の言葉で説明する。そして少しずつ支援を外していく——この「外す設計」が、学びを残す鍵になります。
まとめ
この研究は、AI教育の論点が「使うか使わないか」ではないことを示しました。
- AIで練習すると成績は上がる(最大127%)が、AIなしの本番では逆に下がることがある
- 「学習を守る設計」のAIでは悪影響が抑えられた。問題はAIではなく使い方
- 設計すべきはAIを使う場面だけでなく、AIを外す場面
AIを使って解けることと、AIなしでも考えられることは違います。次に考えるべきは、AIをどこに入れるかだけでなく、どこでどうやって外すかです。